17.7.7 労使両面からの「塾講師ブラックバイト事情」

アーマード・コア3ではないが、「ユニオン」と呼ばれる、
有志の労働組合が賃金未払いで大手個別指導塾を訴えたという
ニュースが2015年頃に世間を賑わした。

「働き方改革」という言葉が叫ばれるようになってきた昨今、
学校の先生達の長時間労働やブラック部活といった話が
度々ニュースに取り上げられるようにもなってきた。
同時に、学校の先生による性的不祥事の続発や、
「学園」問題で自民党が醜態を晒しているという異常事態にもなっているのだが。


この様に、今の日本の教育現場というのは、
法律お構いなしの無法地帯と化しているのが現状だ。

プロフィールにも書いてあるように、私は塾講師として労使双方の立場を経験している。
双方の目線から塾講師が「ブラックバイト」と呼ばれる由縁を書いておこうと思う。

1:給与の出方が業務実態と乖離している(シャドーワークが多い)
まず、塾講師のアルバイトや大学のTAは、
「時給」ではなく「コマ給」と呼ばれる単位で支払われる。
主な大手個別塾では、1コマの授業が50〜100分と決まっている。
(夏期講習だけちょっと長くなりますという塾もあるが)
「1つの授業に対して〜円の給与が発生する」という考え方だ。

TAを例にすると、私の大学の場合は1限90分で1500円(+交通費)だった。
(今年度から1限100分になったのでこの規定は改訂されていると思われる)
私の場合、製図実習=3限連続(=4時間半)のTAだったので、
1回の勤務で1500×3=4500円の給与が出ていた。
(ちなみに、移動時間が往復3時間故、TA業務は1日がかりだった)

話を戻して、私が勤務していた塾の場合、アルバイトの給与は
小学生をマンツーマンで50分見た場合→1000円
中学生をマンツーマンで80分見た場合→1600円
高校生をマンツーマンで80分見た場合→2100円 と規定されていた(端数は丸めた)。
老若男女問わず一律であり、「授業時間+5分の授業準備時間を含む」と定義されている。

ここに落とし穴がある。
授業準備ってのは具体的に何を指すのかというと、
 ・その授業で教える内容を予習する
 ・宿題として生徒に課す範囲を決める+印刷する
 ・ホワイトボード、裏紙などの指導ツールを準備する
 ・生徒の様子を記録する業務日報に日付などを一人ひとり記載する
 ・同僚や教室長から引継や伝達を受ける
 ・授業を行うスペースを掃除する
 (自分が使った場所を片付けられない、親の躾不足が増えているのも実情…
 極論言えば、お手洗いの使い方を理解してない中学生もいたし…)
などの事である。
東進ハイスクールのCMでも分かるように、授業準備ってのは5分じゃ到底無理なのだ。

コンビニや飲食店とは異なり、勤務時間=授業が終わったら、
「おつ〜」と講師は速攻帰るわけではない。
(補足:先生が生徒と一緒に帰ると、傍から見て恋愛関係を疑われる可能性もあるので、
職場サイドでも、先生と生徒が同時に帰る事は非推奨としている事情もある)
というよりも、後片付けの方が授業より大変なのだ。

後片付けってのは、
 ・ホワイトボードなどの備品を戻す
 ・使った場所、モノを掃除する
 ・業務日報を一人ひとり記入する
 ・伝達事項などを教室長に報告する
 (・社員が休みの場合は、教室の施錠もやる事がある)
といった事を指すが、一番煩雑なのは「保護者への授業報告の入力」である。

私のようにPC入力が速い+教務に手馴れた人間がやっても、生徒一人当たり最低5分は要する。
普通の講師だったら、10分〜15分/1名といった具合だ。PCに不慣れな高齢講師なら尚更である。
これを毎回数人〜十数人分を入力しないと業務終了とはならず、
実質的に毎回1時間程度は時間外労働が発生している
のだ。

学生当時の私も、22:00に授業が終わるものの、
数名分の授業報告を打ち終えるのは23:00前後だった。
終電の制約がある人は、帰宅途中の電車の中や家から授業報告を入力する人も居た。
所謂「持ち帰り残業」である。

先述したように、塾講師の給料というのは「授業時間+準備5分の対価」という定義なので、
こうした後処理は全部「ボランティア=無給」扱いと看做される

しかし、会社の社則には報告などのアフターフォローまでを含めて授業=サービスであると定義されている。
故に「後処理の業務にも給料出せよ=時間外労働の賃金が未払いじゃないか」という事になるわけだ。
それと同時に「コマ給」という考え方そのものに異論を唱える法律家も多く居る。

学生当時の私のように、たーのしー!と学業そっちのけでバイトに勤しんでいる場合、
「別に好きでやってるから」とボランティア感覚で気にしない人も居るが、
「ブラック企業」という言葉が浸透してくる中でこうした問題が顕在化し、
正当な権利主張が強まったのであろう。

余談ながら、塾講師の実質的な時給は、大まかに計算しても大体900円前後である。
上記の通り激務なクセに、賃金はコンビニや飲食店のアルバイトとそんなに変わらないから、
「割に合わないブラックバイト」と呼ばれる
のである。

子どもの内面的成長や成績向上・進路実現に喜びや達成感を覚えたり、
子どもと接するのが好きだったりするなど(健全な意味で)、
「pricelessなやり甲斐や自己啓発」を求める人じゃない限りは
手を出しちゃいけない業種である事を断っておこう。
「お金目当て」「余暇潰し」という志望動機を面接で平然と言う人は、絶対に長続きしない。

(補足:授業報告って何を書いてるのか、何で大変なのか)
授業報告は「お世話になってます」くらいの社交辞令はテンプレになっているが、
・何を勉強したのか
・何が出来るようになったのか
・何が重要なのか
・何がまだ出来ていないか
・出来ない事を克服する為に塾として何をしていくのか
・家でやってもらいたい事、親御さんにお願いしたい事
・その他コメント
といった要素を、全て手作業で打ち込んでいる。

更に、相手は上長でも同僚でも得意先でもなく、一般の保護者である。
保護者といえど、世帯の多様化で保護者が必ずしも「オカン」ではなくなってきている。
親が(も)外国人、保護者=祖父母、歳の離れた兄弟姉妹(例えば某干物妹とか)、
殺伐とした事情が絡む場合は、保護者が養護施設関係者なんて事もある。

故に、誰が読んでも分かるように書かなければならないのだ。
親が外国人の場合は、漢字の多用や、難しい言葉を避けるなどの配慮も必要だ。
また、誰もが忙しい時代なので、簡潔に書く必要もある。
(中学受験希望の保護者等、詳細な報告を希望するケースは例外だが…)

以上の要素を全て反映した授業報告を入力するとなると、
それなりの文章量になるし、内容推敲も重たくなる。
更に、相手がモンスターペアレントだったり、中学受験だったりすると、
抜かりなくかなり詳細な報告を書く事になるので、30分程度はPCと格闘したものだ。

2:コストカット
これは使用者の立場からの話だが、少子化の中で塾業界は飽和状態にあり、
釣堀に釣り人がどんどん押し寄せているような状態である。
釣堀に来る釣り人が増えれば、一人当たりの漁獲量はどんどん減っていく。

ライバルの乱立、少子化、不況という煽りを受けて、経営が厳しい塾が増えているのも実情だ。
私の勤めていた職場も、10年前は競合がおらず150人近くが通っていたらしいが、
今は10名に満たない廃校寸前状態で700万円の大赤字経営状態に陥った。
その為、備品をポケットマネーで買ったり、郵便物を自分で配送したりするなど、
身を切ってでもコストカットをせざるを得なかった。
「どうせ俺らの給料なんて元は月謝だから同じだろ」と正当化する、正真正銘の社畜状態だった(笑)。

故に、会社の為にも、少しでも収益は確保しておきたい=コストを掛けたくないという意識が出てしまう
そこで、学生講師達の「別にいいっスよ、やっとますから」という慈善意識に漬け込んで
チラシ折りとか、販促物の封入といった内職的な事から、
果ては保護者面談の同席季節講習のプラン提案
ビラ配り(業界用語でハンドアウト、門配と言う)、来客対応といった営業活動をさせても、
給与を出さないという、無慈悲な教室長も居た。

随分酷い話だが、実は、これには「人件費の上限が社内規則で規制されている」という事情もあるのだ。
(勿論、湯水の如く人件費を掛けるのはどこの企業でもダメなわけだが)
私の勤めていた会社の場合、「講師の人件費は収益の約2割に抑えなければならない」という規定が当時あった。
例えば、全生徒から合計20万円の月謝を貰っていたとすれば、
アルバイトに充てられる人件費は4万円程度が限度になる。

塾のコストというのは他にもたくさんあり、
・印刷機のリース代(大塚商会に払うんだけど)
・文房具とか紙とかの備品代
・本部に払うロイヤリティ
・建物の家賃
・光熱費
・教材とか備品とかの配送代
・自分の給料
・広告代
など、ありとあらゆる所に搾取されるわけだ。

今挙げたコストは「どうしようもできないもの」が大半である。
例えば「家賃下げろ」と大家に言っても無駄だし。
一方、「どうにかできる」コストは何かと言われると、光熱費や人件費くらいである。
結局、容易にコストカット出来る「人件費」に目が向くわけである

3:教室長の認識不足
先日、麻生副総理が大臣規範に抵触して
地元のゴルフ会員権を買っていたが「認識不足だった」と陳謝した。
それと似たようなものだ。

塾業というのはハイリスク・ローリターンな世界故に、
離職率が非常に高く、初日でギブアップや行方不明なんて人もザラだ。
故に、慢性的な人手不足状態にあり、「誰でもいいから人が欲しい」という状態なのだ。

その為、多少曰く付きの人間であっても、
面接や履歴書・職務経歴書を熱意で上手くごまかしてしまえば、
容易に内定が貰えてしまうような世界である。
(一応、エゴサはするので、性犯罪とかの前科が無ければだけど)
つまり常識知らず・教養不足な人が教室長になる、という事も結構多いのだ。
(ぶっちゃけ、教育関係者に変な人が多いのも、一般企業勤めの経験が無く、井の中の蛙状態だからである)

私の勤めていた会社で実際にあった話だが、
本部の抜き打ち監査で「バイトを10時間連続で働かせている=労基法違反」と
指摘された校舎があった。

そこの教室長の言い訳によると「法律の存在を知らなかった」との事だった。
(元々不動産業界で営業をやっていたらしいのだが…)
講師はガッツがある人だったようで何とも思っていないようだったが、
その社員は他の不祥事なども重なって、事実上解雇処分となった。

また、「東京都の最低賃金が2016年10月から932円になる」という、
厚生労働省のお達しも、把握していた社員は少数で、
昨年10月頃に「ヤベェ、知らんかった、給与計算やり直しじゃん」と社内で混乱が起きた
(この会社、人事とか総務に当たる部署が無いし、社労士も名義貸し状態で実質居ないのだ)

まとめると、労基法違反を犯している教室長が、
実は法律そのものを把握していないケースも往々にしてあるわけだ。
おかしいなと思ったら、「そもそもこの人労基法知らねーんじゃね?」と疑う事も必要かもしれない。